花は咲いてくれたのですが実が少しも大きくならず、ぱらぱらとみんな落花してしまいました。
会社の行き帰り、少しでも実が大きくなってくれないかと盆樹に顔を寄せ、祈るような気持ちで毎日毎日のぞき込んだころを思い出します。
鉢が小さいから無理なのか、置き場は、灌水は、肥料は、枝の剪定は、冬季の保護は、用土の種類と粒土の大きさは、植えかえの時期は、と七、八年も苦労しました。
「あんな熱心な男は見たことがない」と、入門当時先輩から言われた私でしたが、それでも実物盆栽は、こうすれば確実に実をならせることができるとある程度わかるようになるまで、八年もかかったのです。
小品盆栽の講習会などで、苦労してつかんだ実物盆栽のコツをすべて話すのですが、私の弟子と言ってもいい人たちでさえ話の内容をそのままには信じてくれません。そんなに苦労してつかんだコツを簡単に人に教える人間がいるはずがない、と言うのです。先生はもっとたくさんのことを知っていて、その何分の一しか教えていないのだ、と…
ちょっと情けない気持ちもしたのですが、そう思われてもしかたがない…… それほど何かのコツというものは簡単に他人に教えないのが人の世の常でもあったのだ、と思わずにはいられませんでした。
しかし、これは違うのです。私がなぜ実なりのコツを全部教えたかといいますと、花物に花を咲かせ、実物に実をならせたからといって、それだけでは盆栽とは言えず、実をならせるだけでは鉢植えにすぎません。
実物盆栽を手がけるためには、実をつけるコツぐらいは私のような苦労をしないで早く覚えてもらい、その樹種特有の「らしさ」と「美しさ」を楽しむようになってほしいと願ったからです。
しかし、実物盆栽はどれも同じ管理培養によって実がなるとは限りません。花の雌雄、花芽のつき方等々、それぞれの特徴を私の知る限りこの本に書いたつもりです。あなたの培養の参考になれば幸いです。
【実物盆栽の基礎知識】より一部紹介
よい実物盆栽を作るには、実物についての正しい見方と、培養知識を持つことが大切―
「こんな小さい鉢なのに、どうしてこれほどたくさん実をつけるのですか」と、家へ遊びに見えた初心者のかたが不思議そうに実物盆栽の前にたたずみ、動こうともしないことがしばしばありました。
自分で愛培した花物盆栽に一輪でも花が咲いたときの喜びは、いまでも忘れられない感激でしたが、それでも幾つかなった実物盆栽の感動にくらべたらたいしたことではなかったように記憶しております。なぜならヒメリンゴーつをとってみても、確実に実をならせる方法をつかむまで、七、八年もの長い期間がかかったからです。
しかし、いまになって思えば、たいへんむずかしく考えていた実物盆栽も、その培養の幾つかのコツさえ守ってもらえれば、たいして困難なものでも高度な技術を要するものでもなく、あなたの小さな努力に大きな実をつけて報いてくれるはずです。
実物盆栽の特徴
①実なりの観賞期が長い
「花のいのちは短くて」の詩のとおり、きれいな花物も開花期間はせいぜい四、五日から十日ぐらいのものがほとんどです。しかし、実物盆栽は違います。短いものでも二、三ヵ月、普通秋から冬季、ものによっては来春まで枝先に華麗な実を長い間とどめて、私たちの目を楽しませてくれる樹種が多く、他の樹種ではちょっと望めない長所です。
②実の色と形と大きさを楽しめます
同じ実物盆栽といっても、それぞれ実の大きさと形と色が述います。大はザクロ、ヒメリンゴから、小はウメモドキ、コショウバイなどのように小さなものまで、また黄色のキンズ、ピラカンサ、緑色のヤシャビシャクなど、実の色もいろいろです。
③実の色づきの変化を楽しめます
ほとんどの実物は、最初は緑色をしている樹種が多いのですが、実が大きくなり熟してきますと、しだいに赤や白や黄色に変化するので、同一樹種であっても実色が変おり、季節の移り変わりを楽しませてくれます。
④成熟期が四季にわたり楽しめます
開花期は春から初夏にかけてのものがほとんどですが、実の熟す時期が相当違います。たとえば、クワやトウグミは六、七月、ヒメリンゴ、カイドウ、ツルウメモドキ、マユミなどは冬季まで、ピラカンサ、ウメモドキ、コショウバイ、ベニシタン、シロシタンは来春までと、四季を通じて観賞させてくれます。
⑤開花が楽しめます
実をならせることは、花芽を持たせることになり、花物同様開花も楽しめます。ですから実物盆栽は、花物盆栽+実なりが観賞できることになりますから、盆栽樹種としてより多くの長所を持っていると言えます。
⑥小品でも実の大きさは変わらない
鉢も木も小さいから実も小さいかといえば、そうではありません。私たち動物と違って、いったんそこに根をおろせば永久に(以下略)
【目次】
はじめに
〈カラー〉
ヒメリンゴ
コショウバイ
エゴノキ
カイドウ
キンズ
ウメモドキ
ツルウメモドキ
ヤシャビシャク
トウグミ
マユミ
シロシタン
ヒョウタンボク
クワ
ヤブサンザシ
ザクロ
ベニシタン
ピラカンサ
ニシキギ
〈二色オフセット〉
実物盆栽の基礎知識
実物盆栽の特徴
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
なぜ整姿が必要か
切り込み
芽つみ
葉切り
針金かけ
交配
実つけのコツはその木の雌雄をまず知ること
①雌雄異株の樹種
②雌雄同株の樹種
③同一樹種だけでは結実しにくい樹種
ふやし方
実生
挿し木
根伏せ
取り木
寄せ植え、石づき
〈本文〉
ヒメリンゴ
ヒメリンゴの魅力
ヒメリンゴの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
樹形上不必要な枝の切り込み/徒長枝の切り込み/針金かけ
実つけのコツ
ふやし方
取り木
コショウバイ
コショウバイの魅力
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
持ち込み物の枝すぐり/徒長枝の処理/太枝や幹の切り詰め/台芽の切りとり/針金かけ
ふやし方
取り木
エゴノキ
エゴノキの魅力
エゴノキの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
枝の切り込み方/花芽をつけるには/小枝をふやすには/伸びすぎた枝の切り詰め/針金かけ
ふやし方
挿し木/取り木
カイドウ
カイドウの魅力
カイドウの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
切り込み/徒長枝の切り込み/針金かけ
花粉の交配
ふやし方
取り木
キンズ
キンズの魅力
キンズの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
枝や幹の切り込み/芽かき/針金かけ
ふやし方
挿し木/眼伏せ/取り木
ウメモドキ
ウメモドキの魅力
ウメモドキの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
樹形上不必要な幹や枝の切り詰め/針金かけ
ふやし方
挿し木/取り木
実つけのコッ
ツルウメモドキ
ツルウメモドキの魅力
ツルウメモドキの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
切り込み/針金かけ
実つけのコツ
ふやし方
根伏せ/取り木
ヤシャビシャク
ヤシャビシャクの魅力
ヤシャビシャクの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
ふやし方
挿し木
トウグミ
トウグミの魅力
トウグミの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
ふやし方
挿し木/収り木
マユミ
マユミの魅力
マユミの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
枝の切り詰め/新枝の切り詰め/針金かけ
実つけのコツ
ふやし方
山どり/根伏せ/取り木
クワ
クワの魅力
クワの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿。
若木の場合は/持ち込み物は
ふやし方
挿し木
石づき
シロシタン
シロシタンの魅力
シロシタンの種類
シロシタンという名について
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
切り込み/針金かけ
ふやし方
挿し木
ヒョウタンボク
ヒョウタンボクの魅力
ヒョウタンボクの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
太技の切り詰め、切り取り/針金かけ
ふやし方
挿し木
ヤブサンザシ
ヤブサンザシの魅力
実つけのコツ
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
枝の切り詰め/針金かけ
ふやし方
挿し木
ザクロ
ザクロの魅力
ザクロの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
切り込み/新枝の切り詰め/針金かけ/葉切り
ふやし方
挿し木/収り木
ベニシタン
ベニシタンの魅力
ベニシタンの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
切り込み/若木は実をならせない/芽つみ/胴吹
き芽の処理/針金かけ
ふやし方
挿し木
ピラカンサ
ピラカンサの魅力
ピラカンサの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
温水
肥料
病虫害
整姿
新枝の切り詰め/樹形を乱している枝の切り詰め/不必要な胴吹き芽は切りとる/針金かけ
ふやし方
挿し木/取り木
ニシキギ
ニシキギの魅力
ニシキギの種類
素材(種木)の選び方
植えかえ
置き場
灌水
肥料
病虫害
整姿
不要な枝の切り詰め/針金かけ
ふやし方
山どり/挿し木/取り木
樹種別年間培養暦
ヒメリンゴ
コショウバイ
エゴノキ
カイドウ
キンズ
ウメモドキ
ツルウメモドキ
ヤシャビシャク
トウグミ
マユミ
クワ
シロシタン
ヒョウタンボク
ヤブサンザシ
ザクロ
ベニシタン
ピラカンサ
ニシキギ
撮影 狩野鎮雄(日本小品盆栽協会会員)
宮崎洋/写真協力「自然と盆栽」(三友社)
イラスト 岡崎紀(多摩美術大学助教授、新制作協会会員、日本小品盆栽協会理事)
【著者略歴】明官俊彦(刊行当時の情報です)
昭和二年、富山県に生まれる。
昭和二十年、富山県立上市農林学校農業科卒業。その後五年間自家農業につく。
昭和二十六年上京。浦田車輛興業株式会社入社。鉄工、木工。艤装、塗装見習い、建築現場見習いをへて、昭和
三十一年、同社横浜支店長、三十六年、同社専務取締役。四十一年、藤友鉄工と改名、同社専務取締役として現在
に至る。
昭和三十三年ごろから趣味として小品盆栽を始める。
三十九年、東京アマチュア小品盆栽会理事。四十一年、日本小品盆栽会常任理事。四十五年から四十九年まで日
本小品盆栽会副会長。現在。日本小品盆栽協会顧問。著書としては「樹種別小品盆栽Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」(三友社刊)、
「全国名木小品盆栽」(主婦の友社刊)など。